人体の「ツボ」って何?「高血圧のネズミ」実験でわかってきた「ツボの正体」)

ダイヤモンド・オンライン (2024/08/11

 謎の多い人体の「ツボ」。内臓の疾患がもたらす肩や腕などの「関連痛」にまつわる体のメカニズムがツボの正体に関係しているとも言われる。実際、ある実験によってツボの「解剖学的な証拠」も示され、世界中で反響を呼んだ。本稿は、山本高穂、大野 智『東洋医学はなぜ効くのか ツボ・鍼灸・漢方薬、西洋医学で見る驚きのメカニズム』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

● 内臓の不調から起きる 「関連痛」と「ツボ」の関係

体の内部(内臓)と末梢(手足など)のふしぎな関係から見えるツボの正体に迫っていきます。

 皆さんは、関連痛という症状をご存知でしょうか。西洋医学の診断では、「原因となる場所だけでなく、隣接する場所や離れた場所にも生じる痛み」とされています。
 具体的には、心臓への血流障害が原因である狭心症の際に、胸だけでなく左肩周辺に痛みを感じるケースや、肝炎などの影響で右肩が痛くなったりするケースなどが知られています。
 でも、どうしてこのような現象が起こるのでしょうか。その秘密は、脊髄にあると考えられています。通常、狭心症が起こると、心臓で発生した痛み信号は、感覚神経を通って脊髄に到達し、脳へと伝わって「(胸が)痛い!」と感じます。
 この心臓からの感覚神経がつながる脊髄後角には、左腕(左肩)、胃などからの感覚神経もつながっています。そのため、痛みの信号が別の部位からの感覚神経(狭心症の場合は、左腕からの感覚神経)に伝播してしまうことがあり、関連痛が生じると考えられています。つまり、脊髄が持つ構造的な“エラー”によって、心臓の痛みが肩や腕の痛みとなってしまうのです。
 さらに、このような内臓からの痛み信号が脊髄で別の感覚神経に伝播した結果、痛み信号がその感覚神経を逆行して末端に到達し、周辺(皮膚下)で神経性の炎症が起こるという現象も確認されています。
 少しアプローチが長くなりましたが、この関連痛にまつわる体のメカニズムがツボの正体に関係しているのではないか、という実験が韓国の研究チームによって2017年に発表されています。

● 神経性の炎症スポットか? ツボの正体が見えてきた

 実験では、高血圧の症状と大腸炎の症状があるラットが、それぞれ準備されました。研究チームでは、これらのラットの静脈から特殊な色素を注入しました。
 すると、体表のいくつかの場所で血管から色素が漏れ出て、直径数ミリメートルのスポット(小さな点)が出現したのです。これは、先ほど紹介した内臓の痛み信号(ここでは、高血圧と大腸炎による炎症信号)が脊髄を介して別の感覚神経を逆行し、末端周辺(皮膚下)で神経性の炎症が発生したためと考えられています。
 より詳しく説明すると、その炎症の影響で神経末端から分泌されたCGRP(生理活性物質)などのはたらきによって血管の透過性が高まり、色素が漏れ出てしまったからだと考えられるのです。
 実験データを平均すると、1匹あたり高血圧ラットでは7つ、大腸炎ラットでは4つのスポットが見られました。また、すべてのラット(高血圧18匹、大腸炎13匹)のスポットの位置を詳しく調べたところ、高血圧ラットでは、67%が内関、大陵(編集部注/どちらも手首付近に位置する)などのツボと一致し、大腸炎ラットでは75%が衝陽、内庭(編集部注/どちらも足の甲に位置する)などのツボと一致したというのです。
 さらに、研究チームが高血圧ラットに出現したスポットの一部に鍼治療を行ったところ、血圧の上昇が抑えられることが確認できました。同じように大腸炎ラットのスポットへの鍼治療でも、体重減少の改善などが認められました。
 この研究では、東洋医学で古くから考えられてきた、ツボは心身の不調を示す反応点であり、心身の不調を改善する治療点でもある、という特徴を実験的に検証しており、ある一定のツボの正体が、内臓の病態を原因とした神経性の炎症スポットであることを示唆しています。

● 世界で初めて示された ツボの「解剖学的な証拠」

 最後に紹介するのは、2021年にNature誌で発表された、世界で初めてツボに特徴的な神経構造があることを精緻に確認した画期的な研究です。
 足三里(編集部注/膝のお皿から外側に少し下がった場所に位置する)のツボは、足三里──迷走神経──副腎髄質を介して抗炎症作用をもたらす、ツボの中でも特異的な存在でした。そこで、アメリカのハーバード大学と中国の復旦大学の共同研究チームが、足三里のツボにどのような解剖学的な秘密があるのかを詳しく調べました。
 実験は一部の神経細胞の遺伝子を改変したマウスを用いて、オプトジェネティクス(光遺伝学)や、逆行性トレーサーなど、分子生物学の研究で用いられる最新解析技術を駆使して行われました。
 まず研究チームは、脊髄後角と足三里を結ぶ感覚神経を調べ、たくさんの神経線維の中から迷走神経を介した抗炎症作用をもたらす特定の感覚神経を発見しました。その神経は、足三里のツボの深部で多く分岐し、シグナルを受け取りやすい分布構造になっていました。
 さらに、同様の抗炎症作用に関わる感覚神経は、お腹にある天枢というツボにも確認されましたが、その分布密度を比べると10倍も低かったのです。また、この感覚神経を切断したマウスの足三里や、この感覚神経が分布していない部分に鍼通電を行っても、炎症を抑制する効果は見られませんでした。
 つまり、足三里には抗炎症作用をもたらす独特の神経構造があり、ツボの周辺や他のツボ(天枢)とも異なることが示されたのです。この発見は、世界で初めて精緻に示されたツボの「解剖学的な証拠」として、中国をはじめ世界中で大きな反響を呼びました。


 ツボにはまだ多くの謎が残されていますが、こうした最先端の科学的手法によって、他のツボの構造がどうなっているのか、ツボにはどのようなタイプがあるのかなど、その正体が次々と明らかになってくるのではと筆者(編集部注/山本高穂)は期待しています。

山本高穂/大野 智