さすったり圧迫したりして痛みが和らぐ現象を生かした治療法は…欧米では心筋梗塞の予防にも活用)

読売新聞(ヨミドクター) (2022/12/06

 頭痛、腰痛、膝の痛み……。日々悩まされている症状はありませんか? 痛みの根っこには、深刻な病が潜んでいることも。痛み治療の専門家、森本昌宏さんがアドバイスします。
 痛みのある部位をさすったり、圧迫したりすると不思議に痛みが和らぐ。みなさんもそんな経験をお持ちだろう。この現象は、脊髄の入り口で待ち構えている門番が、痛み情報の入力を調整しているのだとする「ゲートコントロール説」により説明されるが、この学説を応用した痛みの治療法がある。「刺激鎮痛法」である。
 刺激鎮痛法とは読んで字のごとく、何らかの刺激を人体に与えて、痛みを和らげようとする方法であり、古代ローマ時代の魚のシビレエイによる治療などもそのひとつである。

部位で三つに大別 多くは電気刺激を利用

 現在、治療目的で用いられているこの方法は、刺激を行う部位によって「末梢(まっしょう)刺激」「脊髄刺激」「脳刺激」の三つに大別される。末梢刺激の代表は、中国より伝承された鍼灸(しんきゅう)治療である。その他、指圧や温熱・冷却療法、レーザー治療、家庭用低周波治療器を用いるものなどに加えて、様々な民間療法が存在する。
 脳刺激では、主として「求心路遮断痛」(脳卒中によって麻痺を起こした部位に痛みが発生する脳卒中後疼痛など)と呼ばれる難治性の痛みに対して、脳深部(視床中継核)や大脳皮質に専用の電極を植え込んだ上で、電気刺激を行う。
 刺激鎮痛法の多くは電気による刺激効果を利用しているが、電気刺激は電気が科学的に認識されるよりもはるか以前から行われていた。フランクリンによる「雷が電気であること」の発見、平賀源内の「エレキテル」による治療などよりもはるか昔のことである。近代医学への応用は、1903年のレデュックの電気麻酔に関する報告にはじまる。
 余談ではあるが、電気、電流を意味するelectricityという単語は、古代ギリシャ語の?λεκτρον(琥珀を意味するが、琥珀をさすると静電気によって羽毛などが吸い寄せられることを指す)に由来している。
 私は、鍼灸治療や脊髄刺激などの刺激鎮痛法を、痛みの治療に積極的に用いている。ペインクリニックでは、痛みを伝える神経、またはその周囲に局所麻酔薬を注射して伝達を遮断する神経ブロック療法を根幹としているが、一方で、その対極に位置する刺激鎮痛法を用いることも多いのだ。

脊髄刺激で慢性痛除去 本人が強さを調整

 さて、脊髄刺激である。脊髄刺激療法(spinal cord stimulation)の頭文字をとってSCSと呼んでいるが、以前は、経皮的植え込み脊髄電気刺激療法(percutaneously spinal cord electrical stimulation)の頭文字をとってPISCESと呼んでいた。麻酔科では、硬膜外腔(脊髄の背側に存在する)に細いカテーテルを挿入して薬液を注入し、手術中や術後、さらには慢性痛を取り除いているが、脊髄刺激はこのテクニックを応用しているのだ。
 つまり、カテーテルを挿入する代わりに細い電極を硬膜外腔に挿入し、硬膜を通じて脊髄を刺激するわけである。鍼(はり)治療を直接的に脊髄に対して行っているのだと考えていただきたい。通常は、電極を植え込んだ後に約1週間の観察期間を設けて、効果が良好ならば刺激器(心臓病の治療に用いるペースメーカー程度の大きさ)の植え込みを行う。その後は、患者さん自身が専用のデバイスを用いて、ONとOFF、強さや速さ(周波数)を調整する。

欧米では狭心症や心筋梗塞の予防にも脊髄刺激

 SCSは難治性の慢性痛全般に対して広く用いられているが、「フェイルドバックサージャリー症候群」(腰椎の手術後にも痛みが残る状態)をはじめとして、種々のニューロパチックペイン(神経障害性疼痛)、さらには「閉塞(へいそく)性動脈硬化症」(血管内が粥状に変化することで狭窄、閉塞を起こして痛み、間欠性跛行、皮膚の潰瘍を引き起こす)などの末梢動脈疾患による痛みが特に良い適応となる。なお、欧米では、狭心症や心筋梗塞(こうそく)の予防にもこの脊髄刺激が用いられている。
 私とSCSとの出会いは41年前になる。大阪医科大学の麻酔科では、入局後1年間の手術室での麻酔研修を終えて、やっと外来でペインクリニックの業務に就くことになっていた。外来では日々、鬼軍曹である外来医長の指導を受ける。
 「おい、森本! 脊髄刺激を始めんど。硬膜外カテーテルにこの白金線を入れて、消毒に回しとけや。ところで脊髄刺激って知っとるよな?」「はい! もちろんです」
 実は何のことか全くちんぷんかんぷんであったが、後に新潟大学の下地先生が、医学雑誌に投稿されていたことを知った。1982年にSCS用の器機のキットの輸入が認可される少し前のことであった。以後、300人以上もの患者さんにこの治療を行うようになるとは当時は知る由もなかった。なお、この間にSCS用器機は様々な変更を経て、格段の進化を遂げている。

森本昌宏(もりもと・まさひろ)
 大阪なんばクリニック本部長・痛みの治療センター長。
 1989年、大阪医科大学大学院修了。医学博士。同大学講師などを経て、2010年、近畿大学医学部麻酔科教授。19年4月から現職。日本ペインクリニック学会専門医、名誉会員。日本東洋医学会指導医。著書に『ペインクリニックと東洋医学』『痛いところに手が届く本』ほか多数。現在、大阪市北区の祐斎堂森本クリニックでも診療中。