人体にある複数のツボとツボを結ぶ「経絡」。その正体は、いまだ解剖学的には明らかになっていない。そんななか、イギリスのセラピストが提唱する「筋膜経線」=「アナトミー・トレイン」という概念との関係が世界で注目を集めている。本稿は、山本高穂、大野 智『東洋医学はなぜ効くのか ツボ・鍼灸・漢方薬、西洋医学で見る驚きのメカニズム』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
経絡は、複数のツボとツボを結び、東洋医学でいう「気」や「血」などの流路とされ、さらには内臓とも密接な関係を持つことから体の恒常性を保つ重要な役割があるとされています。しかし、その存在は解剖学的には明らかになっていません。最新の科学では、どのような捉え方がされ、研究が行われているかを見ていきます。
ファシア(Fasia)ということばをご存知でしょうか。元来は、筋肉を包む膜組織である筋膜を指していましたが、近年では、内臓を包む膜や靱帯、腱も含むことばとして使われることが多くなっています。また、従来は、その役割は組織を覆い守るだけとされてきましたが、最近では、臓器と臓器をつなぐ結合組織としての役割や、体内物質の通り道としての役割などが見出され、研究が進められています。
このファシアのひとつである「筋膜のつながり」と経絡との間に類似性があることを提唱しているのが、イギリスのマッサージ・セラピスト、トーマス・マイヤース氏です。
彼は、複数の筋肉をまたいでつながっている筋膜の“連結”の様子に着目し、新たな解剖学の捉え方として「アナトミー・トレイン」という概念を提唱し、世界で注目を集めています。では一体どのような考え方なのでしょうか。
アナトミー・トレインは日本語では「筋膜経線」と呼ばれています。体の一部に負担がかかったときに、その張力を感じ合う(=その影響が及ぶ)筋膜のつながりは線路のように「ライン」と呼ばれ、全身であわせて12本のラインがあるとされています。
もっと簡単に説明すると、それぞれのライン=線路は、筋膜や腱でつながっていて、筋肉は駅のような存在と考えます。つまり、それぞれの駅(筋肉)は独立していますが、線路(筋膜など)でつながっているので、ひとつの駅で問題があれば、その影響は全体に及ぶというわけです。
実は、この筋膜経線の多くが、鍼灸の経絡と相似しています。例えば、体の裏側にあり、足元から背中、頭までに至る経絡である足の太陽膀胱経は、筋膜経線のSBL:SuperficialBackLineと同じようなルートなのです。
さらに、少しややこしいのですが、実は、鍼灸には経絡によく似た経筋という理論も存在します。これは、マイヤース氏の「アナトミー・トレイン」と同じように、筋肉のつながりを示す概念で、経絡のうち12本の経脈のライン上にある筋肉がつながっているというものです。
このように「経絡・経筋」と「筋膜経線」は、実にふしぎな類似性なのですが、洋の東西を問わず、体の痛みや治療に「筋膜(筋肉)のつながり」が見出された可能性もあると筆者(編集部注/山本高穂)は考えています。
経絡の存在について、実験的な手法での探索も進んでいます。2021年に発表された中国の研究では、健常者のボランティアの協力を得て、手首にある内関のツボを使って実験が行われました。ツボの表面から2~3ミリメートル下にある真皮層に注射器で蛍光色素を注入し、色素の移動ルートや時間を詳しく観察したのです。
その結果、19回の実験のうち15回で、蛍光色素は内関からひじの内側にあるツボである曲沢方向へと、実線や破線のような軌跡を伴い移動することが確認されました。被験者によっては、約10分で蛍光の線がはっきりと確認でき、1時間後に蛍光の強さがピークに達しました。
一方、内関に隣接する場所に同じように蛍光色素を注入しても、顕著な現象は見られませんでした。
半信半疑の読者もいらっしゃるかもしれません。ただ、このような経絡の謎に挑む実験や検証は、過去にも動物や人を対象にして幾度か行われており、結果にはばらつきがあるものの同様の現象が確認されています。
しかし、この経絡のラインを示す蛍光色素の移動は、皮膚下でどのような器官や組織を介しているのでしょうか。今回の実験では、超音波診断装置を使って色素の移動ルートが調べられており、その結果から、動脈や静脈などではなく、ファシアとの関連が指摘されています。
なかでも、研究チームが推測するのは、経絡はファシアの中を流れる間質液の通り道である、という仮説です。間質とは、細胞と細胞の間にある隙間を指します。間質液とは、その隙間にある血液やリンパ液以外の体液のことで、ファシアでは網目状のコラーゲン組織の中を流れているとされています。
実は、この間質液についてはファシアと同じく、近年ようやく詳しい解明が始まったばかりで、まだまだ未知の機能や役割を担っている可能性があります。近い将来、こうした体の機能が明らかになるとともに、経絡の謎も解き明かされるかもしれません。