なんと皮膚を圧迫するだけで「汗のかき方」が変わった…「鍼の科学的解明」への「驚きの第一歩」)
現代ビジネス (2023/08/07
皮膚を圧迫すると汗が出る? ─鍼のメカニズム解明の糸口
汗の研究では、名古屋大学学長を務めた高木健太郎も有名です。戦後、肺を病み床に臥せていた高木は、ある時ひょんなことから、寝る向きによって汗の出方が異なることに気づきます。通常、汗というのは左右対称にかきます。ところが右半身を下にして寝ると左の上半身に汗をかき、左半身を下にして寝れば右の上半身に汗が出たのです。どういうことでしょう?
診察に訪れた友人医師に話してみましたが、取り合ってくれません。しかたなく自分で調べようと思い、久野の著書を手にとったところ、久野が20年以上も前に自分と同じような体験をしているではありませんか。久野の研究を継いだ弟子らはこの現象について詳しく調べ、半側発汗とよんでいました。
半側発汗を起こす刺激が「皮膚」にあることを高木が突き止めたのは1950年。皮膚を圧迫するという刺激が、その近辺の汗を抑え、そこから離れた他の部位で発汗を誘発するのです。これを皮膚圧―発汗反射といいます。皮膚への圧迫は発汗機能に大きく影響しますが、皮膚温や皮膚の血流、心拍数、胃の運動などにも影響を及ぼします(皮膚圧反射)。皮膚を圧迫するという、ただそれだけのことが、内臓の働きを瞬時に変えてしまう……なんとも不思議な現象ですよね。
その後、高木は「皮膚圧」と東洋医学の「鍼」の接点について考えるようになっていきます。つまり皮膚の圧迫の面積を極端に小さくしたものを「鍼」と捉え、皮膚圧反射が「鍼」を科学的に解明するための突破口となりうる、そう気づくのです。
按摩や指圧、マッサージや鍼灸など東洋に古くから伝わる物理療法では、皮膚や筋に刺激を加えることで身体の不調を取り除きます。しかし効果があるにもかかわらず、その詳細なメカニズムはわかっていませんでした。それゆえ西洋医学では根拠のない医療とみなされ、プラシーボ効果という人さえもいました。つまり根も葉もないことと侮られていたのです。しかし、それだけでは二千年もの長きにわたって伝承はされないでしょう。西洋の人々に東洋医学を認めてもらうためには、東洋医学を科学的に解明する必要性があったのです。
高木が鍼灸の理論の裏付けに燃える鍼灸師らと「鍼」を生理学的に研究していくようになるのは1960年頃。1972年に中国との国交が回復すると、高木は中国を訪れ、中国の鍼事情を視察しています。訪中をきっかけに彼の鍼灸に対する活動は本格化していき、同年、『生体の調節機能 ハリの原理をさぐる』(中公新書)を著しています。その中で皮膚圧迫によってもたらされる生体のさまざまな反射について記載しています。
皮膚への刺激で内臓が変わる ─自律神経が関わるさまざまな反射
高木の皮膚圧―発汗反射に興味をもったのは、北海道大学の医学生だった佐藤昭夫です。
高木のいうように、皮膚への圧迫が発汗に影響するなら、皮膚への刺激が汗腺を支配する自律神経の活動にも影響を与えるはず。そう考えた彼は、1960年に「皮膚」を刺激して汗腺にいっている「交感神経」の電気活動をとってみたのです。
しかし簡単ではありませんでした。自律神経の電気活動を直接みるというのは、世界でも至難の業といわれていたのです。自律神経線維が運動神経線維に比べて細いうえに、電気活動も運動神経の電気活動の20分の1程度と小さいからです。
佐藤が脊髄から出ている交感神経の活動を初めて記録した際には、その電気活動を認めてくれる人は一人もいませんでした。不安定なうえに活動が小さすぎるのです。留学先のドイツで発明されたばかりの機器を駆使し、皮膚の刺激に伴う交感神経の電気活動を定量可能なまでの美しい形態で示せるようになったのは1960年代後半のことです。
鈴木 郁子(歯学博士・医学博士)